ICUはなぜ生まれたのか
集中治療室という発想は、1952年コペンハーゲンのポリオ大流行で、人が手で患者の肺に空気を送り続けたことから生まれた。その起点を出典から辿る。
ICUとは、複数の専門職が1か所に患者を集めて常時管理する仕組みである
ICU(集中治療室)とは、重症患者を1つの場所に集約し、複数の専門職が常時モニタリングしながら治療にあたる仕組みを指す。この「集約して、常時見る」という発想がどこから来たのか。答えは、1952年夏のコペンハーゲンにある。
ORIGIN: 1952年、コペンハーゲンのポリオ大流行
デンマークの麻酔科医ビョーン・イプセンは、1949〜50年にボストンのマサチューセッツ総合病院で麻酔学を学んだ(Wikipedia「Bjørn Aage Ibsen」)。1952年夏、コペンハーゲンはポリオの大流行に見舞われる。学術誌の記録によれば、7〜12月に2,700人以上が入院し、316人が呼吸筋または咽頭の麻痺による呼吸不全を起こした(PMC)。
当時の標準治療は「鉄の肺」と呼ばれる陰圧式の人工呼吸器だったが、病院にある台数はごくわずかで、気道に溜まる分泌物を誤嚥する患者には効果が薄かった。呼吸不全を起こした患者の死亡率は80〜90%に達していたとされる(PMC / Smithsonian Magazine)。
HISTORY: 「手で送る」という発想への転換
1952年8月26日、イプセンは鉄の肺に頼るのではなく、気管切開した気道からゴム製のバッグを人力で圧迫し直接肺に空気を送る陽圧換気を提案した(PMC / Smithsonian Magazine)。最初に処置を受けたのは12歳の少女、ヴィヴィ・エバートだった。鎮静を併用しながらバッグ換気を続け、一命を取り留めたと記録されている(Smithsonian Magazine)。
問題は、この方法が「人の手」を必要とし続けることだった。同時に70人近い患者を人力で換気する事態に対し、病院は医学生・歯学生を動員した。学術誌の記録では約250人の学生が日々の交代制勤務にあたり、35〜40人の医師とともに、流行期間を通じて延べ1,500人前後が交代でバッグを握り続けたとされる(PMC)。人数の記録には資料間で幅があるが、いずれも「大勢の人力に頼らざるを得なかった」という点で一致する。
この転換で死亡率は劇的に下がった。PMCの記録では87%前後から40%程度へ、Wikipediaの記録では90%前後から25%程度へ下がったとされる。数値には資料間で差があるが、いずれも「半分以下に下がった」点は一致している。
TODAY: 教室を改装した「世界初のICU」
流行が収束した1953年8月1日、イプセンはコペンハーゲン市立病院の教室を改装し、外科・内科を問わずあらゆる重症患者を1か所に集めて管理する病棟を開設した(PMC)。世界初の集学的ICUとされる。
このモデルの核心は、人工呼吸という技術そのものより「専門職を1か所に集約し、常時患者を見続ける」という運用のあり方にあった。麻酔科医・外科医・理学療法士・看護師が同じ場所で同じ患者を観察し続ける体制は、その後ロサンゼルス郡病院やボルチモア市立病院など各地に急速に広がったと記録されている(Smithsonian Magazine)。
PROBLEM/FUTURE: 「救えるようになった」ことが生んだ課題と、その先
イプセンの功績は死亡率を下げたことだけではない。最初の患者ヴィヴィ・エバートは四肢麻痺の状態になりながらも1971年まで生存し、車椅子から教育を受けたと記録されている(Smithsonian Magazine)。それまで「助からない」とされた患者を生かし続けられるようになったことで、医療は「どこまで生かし続けるか」という新しい問いに同時に直面した。集中治療という分野は、誕生した瞬間からこの課題を抱えていた。
ICUが確立した「重症患者を集約し、常時モニタリングして異変を早期に捉える」という発想は、その後の医療機器の発展とともに、心拍・呼吸・血圧などの生体データを連続的に扱う領域として拡張してきた。この連続データをAIで解析する取り組みも各所で研究されているが、本記事は起源の記録に徹し、現在のAIとICUの関係は出典を伴う別記事で扱う。
よくある質問
Q. 世界初のICUはいつ、どこに作られたのか? A. 1953年8月1日、コペンハーゲン市立病院の教室を改装して作られた(PMC)。
Q. なぜ「鉄の肺」ではなく人力での換気が必要になったのか? A. 台数が患者数に対して不足しており、分泌物の誤嚥に弱いという弱点があったため(PMC / Smithsonian Magazine)。
Q. ICUという発想の核心は何か? A. 人工呼吸という技術そのものではなく、複数の専門職を1か所に集約して患者を常時観察する運用体制にある(PMC / Smithsonian Magazine)。
出典
- Bjørn Ibsen: What Made Intensive Care So Critical? - PMC(参照 2026-08-12)
- Bjørn Aage Ibsen - Wikipedia(参照 2026-08-12)
- How a Polio Outbreak in Copenhagen Led to the Invention of the Ventilator - Smithsonian Magazine(参照 2026-08-12)