ものづくり企業の9割超が技能継承を重視しています。一方、技能継承が「うまくいっている」「ややうまくいっている」企業は、合わせて3分の1にとどまりました。1

この記事の目次(5節)
  1. 技能継承がうまくいっている企業は3分の1
  2. 最も多い取り組みは再雇用
  3. AIを試した2社の例
  4. AIに渡せるのは、文書になった知識だけ
  5. AIを試す前に確かめたいこと

この数字は、国の独立行政法人である労働政策研究・研修機構(JILPT)が、2026年5月に公表した調査です。1

筆者は、製造業でAIを試すなら、ベテランのやり方を書き残すところから始めるのがよいと考えます。AIを試した旭鉄工とダイキン工業は、どちらも人がためてきた改善事例や保全記録をAIに読み込ませていました。

技能継承がうまくいっている企業は3分の1

JILPTの調査は、金属製品や機械、電子部品などをつくる従業員30人以上の企業を対象にしたもので、4,342社が答えました。1

うまくいっていない理由で多かったのは、若手を十分に確保できていないこと(6割強)と、時間的な余裕がないこと(5割)でした。将来の技能継承に不安を感じる企業は8割を超え、不安の中身で最も多かったのは熟練技能者の高齢化や退職でした。1

最も多い取り組みは再雇用

技能継承のための取り組みは、「再雇用や勤務延長などにより高年齢者従業員に継続して勤務してもらう」が54.8%でした。1

技能継承のために行っている取り組み 再雇用・勤務延長で ベテランに残ってもらう 54.8% 継承すべき技能の 見える化(テキスト化など) 31.2% 対象者を選んで 訓練する 27.9% 特に取り組みは していない 15.9% 複数回答。技能継承が必要と考える企業4,262社。労働政策研究・研修機構(2026年5月)
技能継承が必要と答えた4,262社の取り組み(複数回答)。技能の見える化に取り組む企業は、再雇用や勤務延長でベテランに残ってもらう企業の6割ほどです。

技能の「見える化」(テキスト化・マニュアル化・デジタル化)は31.2%で、取り組みが特にない企業も15.9%ありました。1

ベテランがいれば、目の前の仕事は回ります。ただ、引退したあとに会社の手元に残るのは、それまでに書き残したものです。

技能継承にデジタル技術を使う企業は2割

ものづくりでデジタル技術を使う目的に「技能継承の円滑化」を挙げた企業は、2割強でした。そうした企業が使う技術で多いのは、電子のマニュアルや手順書(5割台)と、動画のマニュアル(4割強)です。1

そうした企業のうちAIを使うのは3割台(35.1%)で、ここでのAIには画像や言葉を認識する技術と生成AIが含まれます。AIを技能継承に使う会社は、まだ一部にとどまっています。1

AIを試した2社の例

旭鉄工は改善事例をノウハウ集に

愛知県で自動車の金属加工部品をつくる中堅メーカーの旭鉄工は、改善のノウハウを社内で「横展アイテムリスト」と呼ぶ一覧にまとめてきました。3

2023年の取材の時点で、「待ちを短く」「チョコ停をなくす」などの考え方ごとに、200以上の事例をためていました。3

事例が増えると、目的に合うものを探すのが手間になりました。そこで当時、このリストの事例をChatGPTに読み込ませ、「マシニングのサイクルタイムの事例は?」と聞くと事例を箇条書きで答える仕組みを試していました。3

当時はまだ試験段階で、リストの事例をすべて読み込ませることはできていませんでした。木村哲也社長はMONOistの取材に、回答は安定せず間違いもあるが、改善の発想を呼び起こすためなので多少のぶれは問題ない、と話していました。3

その後どうなったかは、この記事では確かめられませんでした。

ダイキン工業は保全記録を

総務省の2026年版情報通信白書は、製造業のAI活用の例としてダイキン工業を挙げています。ダイキン工業が日立製作所と共同で開発・導入した故障診断の仕組みには、設備の図面や過去の保全記録を読み込ませています。2

設備の点検で異常を見つけた人が、タブレットなどから文章で質問します。するとAIが、故障かどうかを判断し、故障なら原因と対策を示します。2

大企業の例ですが、読み込ませたのは図面と保全記録で、特別なデータではありません。設備の不具合と直し方を日付と一緒に記録しておけば、規模の小さい工場でも同じ考え方で使えると筆者はみています。

AIに渡せるのは、文書になった知識だけ

ベテランの頭の中にしかない段取りやカン・コツは、そのままではAIに渡せません。

筆者の見立て

AIはまず、書き残す手間を減らす用途から広まるでしょう。ベテランの説明を録音して文字に起こし、手順書の下書きにする使い方です。下書きを本人に読んで直してもらえば、書き起こしの誤りにも気づけます。

録音する場面は、ベテランが新人に作業を教えているときが向いています。改まって説明してもらうより、ふだん使う言葉やコツの言い方がそのまま残ります。

書くのが苦手なベテランでも、話すだけなら負担は小さくて済みます。手順書づくりが「時間がない」で止まっている工場ほど、試す意味があります。

合否判定や、異常時に設備を止めるかどうかは、AIに任せず人が判断するべきだと考えます。旭鉄工の社長も話していたとおり、AIの回答にはぶれや間違いが混じることがあります。3

検査記録については、測定値そのものにはAIを触れさせない線引きの記事で詳しく書いています。

AIに頼りきると、教わる人が減って、難しい技能から失われていくおそれもあります。その仕組みを示した研究は、技能継承の行方を研究の知見から考えた記事で紹介しました。

AIを試す前に確かめたいこと

AIを試す業務最初に確かめること
作業手順書の作成ベテランが作業を説明する場面を、本人の了解を得て録音できるか。下書きを本人が直す時間を取れるか
改善事例・トラブル記録の検索記録が紙や個人のファイルに散らばっていないか。1か所に集められるか
設備の故障対応過去の保全記録が、日付・症状・対策の形で残っているか
図面・加工条件を扱う業務取引先から預かった図面など、AIに入力しない情報を決めたか

表の上から3行は、AIに渡す材料がそろうかを確かめる項目です。そろわないなら、まず記録をためる仕組みを作るのが先です。

ためた手順書や記録の中から、AIに答えを探させる仕組みもあります。RAG(検索拡張生成)と呼ばれる仕組みで、リンク先は病院のマニュアルの例ですが、工場の手順書でも考え方は同じです。

総務省の調査で、日本の企業が生成AIについて最も多く挙げた懸念は、社内情報の漏えいなどのセキュリティリスクでした。4

図面や加工条件は、入力してはいけない情報を社内で先に決めておきましょう。決め方は、情報処理推進機構(IPA)が挙げる5つの対策の記事が参考になります。

録音はスマホで始められます。文字起こしの道具と費用は製品ごとに違うため、この記事では比べていません。

まずはベテランにしかできない作業を1つ選び、その人の説明を録音するところから始めてみましょう。

出典

  1. 労働政策研究・研修機構「9割超のものづくり企業が技能継承を重視 ものづくり産業における人材確保・定着と技能継承に関する調査」(2026年5月27日)(参照 2026-10-07)
  2. 総務省「令和8年版 情報通信白書」(2026年版)第Ⅰ部第2章第1節 2(3)製造・生産(参照 2026-10-07)
  3. MONOist「ChatGPTで製造現場カイゼンを簡単に、過去事例や注意点を引き出す生成AI活用事例」(2023年7月11日)(参照 2026-10-07)
  4. 総務省「令和8年版 情報通信白書」(2026年版)第Ⅰ部第2章第1節 1(4)懸念されるリスク及びリスク対策のための取組状況(参照 2026-10-07)

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