院内で生成AIを使うときの「入力してよいもの」の線引き — 判断の順序
生成AIに何を入力してよいかは、施設の規程・使っているサービスの契約条件・その情報が個人を特定しうるかの3段を上から順に確認して決まる。同じ製品名でも契約と機能で扱いが変わる理由を、公開されている一例で確認します。
入力の線引きとは
入力してよいものの線引きとは、施設の規程・サービスの契約条件・情報の特定可能性を、この順に上から確認して決めることである。上の段で止まったら、下の段は見なくてよい。
先に断っておくと、この記事は法令やガイドラインの解釈をしない。判断の順序と、各段で何を確認するかだけを示す。最終的な可否は所属施設の規程と、施設が結んでいる契約で決まる。
筆者は前職が看護師である。新しい道具の可否を尋ねたとき、返ってくるのが「規程はある。どこにあるかは分からない」という状態は珍しくなかった。順序を決めておくと、この曖昧さの中でも自分が今どこで詰まっているかは分かる。
順序1 — 施設の規程
最初に確認するのは、勤務先に生成AIの利用規程があるか、有るなら本文がどこにあるかである。
- 明文の規程がある → その範囲で使う。ここで終わり
- 規程はあるが所在が分からない → 情報システム担当か医療情報の委員会に照会する
- 規程が無い → 無いことは許可ではない。 所属長に、対象業務を具体に示して確認する
この段が済むまでは、患者情報を含めずに済む仕事だけを対象にする。委員会資料の下読み、周知文の推敲、研修資料の下書きなど、それだけでも対象は広い。
順序2 — 使っているサービスの契約条件
見落とされやすいのがこの段である。同じ製品名でも、どの契約で・どの機能を使うかによって、データの扱いは変わる。
Anthropic が Claude API について公開しているデータ保持のドキュメントを、確認できる一例として見てみる。これは API を対象にした条件であり、個人向けプラン(Free / Pro / Max)の保持ポリシーは別の文書に分かれている。 同じ会社の同じ名前のサービスでも、下の表がそのまま掛かるとは限らない、ということでもある。
| 確認したい項目 | 公開されている記述の例 |
|---|---|
| 学習に使われるか | 保持されたデータは、明示的な許可なしにモデルのトレーニングに使用されることは決してない |
| 保存されるか | 会話コンテンツはデフォルトでは保持されない。ただし一部のモデルは30日間の保持を必要とする |
| 契約で変わるか | データを保存しない取り決め(ZDR)は組織ごとに個別の有効化が必要で、同一アカウント配下の他組織へ自動的には広がらない |
| 対象外があるか | 個人向けプラン(Free / Pro / Max)は ZDR の対象外 |
| 機能で変わるか | ファイルを預かる機能は明示的に削除するまで保持、バッチ処理は29日間など、機能ごとに扱いが異なる |
| 例外はあるか | 法律で要求された場合や安全上フラグが付いた場合、取り決めに関わらず最大2年間保持されることがある |
読み取るべきは個々の条件ではなく、構造である。「そのサービスは安全か」という問いの立て方では答えが出ない。どの契約で・どの機能を・誰の権限で使っているかまで下りないと、扱いは確定しない。同じ会社の同じ名前のサービスでも、個人契約と法人契約で違い、機能によっても違う。
他社のサービスも同じ粒度で確認する。ここに挙げたのは Anthropic が公開している内容であって、他のサービスにそのまま当てはまるものではない。確認する項目の一覧として使い、値は各社の文書で自分で確かめる。
保健医療情報を扱う前提の契約(BAA の締結など)が別枠で用意されている場合もあり、これも施設が結んでいるかどうかで変わる。個人のアカウントで業務の情報を扱うと、この段の保護がそもそも掛からない。
順序3 — その情報は個人を特定しうるか
上の2段を通過して、はじめて情報そのものを見る。氏名・ID・生年月日を外すのは前提として、判断が割れるのは次のような組み合わせである。
- 部署名 + 日付 + 疾患名 — 単独では特定できなくても、揃うと当事者には分かる
- インシデントの発生時刻 — 勤務帯と結び付く
- 勤務表・勤務希望 — 職員の個人情報である
- 「先週の当直帯の件」のような院内文脈の言い換え — 抽象化したつもりで残っている
判定の基準は「読んだ人が誰のことか分かるか」ではなく、「関係者が読んだら誰のことか分かるか」に置く。迷ったら落とす。落として成立しない依頼なら、その仕事はこの使い方に向いていない。
3段を1行にすると
規程を確認し、契約を確認し、それでも残る情報だけを渡す。 順序を飛ばすと、どこで判断を誤ったのかが後から辿れなくなる。
なお、この判断そのものを生成AIに聞かない。自施設の規程も契約内容も相手は知らない。Anthropic 自身、モデルが事実と異なる内容を書く現象は対策で減らせても完全には排除できないとし、重要な情報は常に検証するよう明記している。可否の判断は、この記事で最も検証が要る部分である。
FAQ
規程が無ければ自由に使ってよいのですか。 いいえ。無いことは許可ではありません。所属長に対象業務を具体に示して確認してください。
院内の情報でも、患者のものでなければ入力してよいですか。 職員の個人情報(勤務表・評価・人事)も同じ扱いです。未公表の契約金額や委託先の見積も外に出しません。
個人のアカウントで業務に使うのはどうですか。 施設が結んだ契約の保護が掛かりません。組織単位で結ぶ取り決めは、個人向けプランでは対象外になることがあります。
この記事の内容が自分の施設に当てはまりますか。 当てはまるのは順序だけです。各段の答えは施設ごとに違うので、規程と契約は必ず自分で確認してください。
出典
- Anthropic — APIとデータ保持(参照 2026-08-09)
- Anthropic — ハルシネーションを減らす(参照 2026-08-09)