院内マニュアルの改訂案をAIで下書きする — 現行版との差分を表にさせる使い方
マニュアル改訂で時間を食うのは、改訂の中身を決めることではなく「どこがどう変わったか」を書き出す作業のほうである。現行版と改訂案の差分表づくりを生成AIに渡す手順と、渡してはいけない判断の線引きを整理します。
マニュアル改訂における生成AIの役割とは
マニュアル改訂における生成AIの役割とは、改訂の内容を決めることではなく、決まった改訂が現行版のどこをどう変えるのかを書き出すことである。
筆者は前職が看護師である。手順書やマニュアルの改訂で時間を食うのは、中身を決める段階とは限らない。「この手順を変える」までは委員会や係の中で決まっても、そこから先の、現行版のどの項目に触るのか、旧版と新版で何がどう違うのか、周知文にどう書き出すのかという書き物に、決定の何倍も時間がかかることがある。
この後半部分は判断ではなく作業である。作業なら機械に渡せる。
先に分担を固定する
| 決めること | 誰がやるか |
|---|---|
| 手順を変えるかどうか、どう変えるか | 委員会・責任者(人) |
| 変更が院内基準・法令に反しないかの確認 | 委員会・責任者(人) |
| 現行版と改訂案の差分の洗い出し | AIに下書きさせてよい |
| 差分表・周知文の文面整形 | AIに下書きさせてよい |
| 改訂版としての最終的な文責 | 委員会・責任者(人) |
順序が重要である。改訂の中身を自分たちで決め切ってから渡す。 「この手順はどう変えるべきか」から相談を始めると、根拠が院内の実態や基準ではなくAIの一般論になる。一般論で書き換えたマニュアルは、現場の動線と噛み合わずに使われなくなる。
手順
1. 現行版の該当箇所をそのまま渡す
要約して渡さない。現行版の本文をそのまま貼る。 要約した時点で、消えた一文が差分の見落としになる。
Anthropic のプロンプト設計指針は、長いドキュメントを扱うときは指示や質問より前、プロンプトの先頭近くに本文を置くことを推奨しており、クエリを末尾に置くと複数ドキュメントの入力で応答品質が最大30パーセント向上するとしている。先に現行版、最後に指示の順で組む。
複数の文書(現行版・改訂案メモ・関連する別マニュアル)を渡すときは、同指針が示すとおり、それぞれを <document> のようなタグで囲んで区切ると取り違えが減る。
2. 差分だけを表にさせる
以下は当院の現行マニュアルの本文と、今回の改訂方針のメモです。現行版と改訂案の差分だけを表にしてください。列は「項番」「現行版の記述」「改訂案の記述」「変更の種類(追加/削除/変更/表現のみ)」の4つ。メモに書かれていない変更を推測して足さないでください。判断に迷う箇所は表に入れず、末尾に「確認が必要な点」として箇条書きにしてください。
3つの制約が効く。推測を足させない指示は、AIが「一般的にはこうすべき」を勝手に混ぜるのを防ぐ。変更の種類を分けさせると、実質的な手順変更と言い回しだけの修正が分離され、周知の優先度がつく。迷った箇所を別枠に出させると、AIが埋めてしまった曖昧な部分が可視化される。
Anthropic の指針は、この「わかりません」と言うことを明示的に許可する手法を、誤った情報を大幅に減らす基本戦略として挙げている。
3. 差分を現行版と突き合わせる
出てきた表は下書きであって成果物ではない。「現行版の記述」の列を、必ず元のマニュアルと照合する。
同指針は、長い文書を扱うタスクでは作業の前に一語一句そのままの引用を抽出させると応答が実際のテキストに根拠づけられると述べ、さらに各主張について裏付けとなる引用を探させ、見つからなければその主張を撤回させる検証法を挙げている。マニュアルでこれをやるなら、次のように追加で一往復させる。
上の表の「現行版の記述」の各セルについて、現行版の本文からの正確な引用を添えてください。引用が見つからないセルは、内容を削除して「原文に該当なし」と書いてください。
作文されて困るのは、項番・数値・時間・回数といった具体である。 そこだけは人が原本と照合する。
4. 周知文は差分表から起こす
差分表が固まってから周知文を書かせると、伝える内容がぶれない。周知文の型は別稿(読まれない通知を減らす書き方)に譲るが、先頭に「いつから・誰の手順が変わるか」を置くことだけは共通である。
やってはいけないこと
- 改訂の是非をAIに判断させない。 手順の妥当性は院内基準・添付文書・関連法規で決まる。AIは院内の事情を知らない
- 患者情報・個人が特定できる事例を入力しない。 インシデント事例を改訂の根拠にする場合は、日時・部署・個人が分かる記述を落としてから渡す。入力の可否は施設の規程と契約条件で決まる
- 出力された差分表をそのまま配布しない。 引用の照合を経ていない表は、現行版に無い記述が混ざっている可能性がある
- 改訂履歴の日付を書かせない。 版数・施行日・承認日は事実であり、生成させるものではない
FAQ
Q. 現行版がPDFや紙しかない場合はどうしますか。 テキストとして貼れる形にしてから渡します。貼れないまま「たしかこう書いてある」と要約して渡すと、差分の精度は元の記憶の精度までしか上がりません。
Q. どのくらい時間が短くなりますか。 短くなるのは差分の書き出しと文面整形の部分だけです。改訂の中身を決める時間と、照合の時間は減りません。
Q. 表の形式は指定したほうがよいですか。 指定してください。列名まで決めて渡すと、複数のマニュアルを改訂したときに書式が揃い、委員会資料にそのまま載せられます。
Q. AIが「確認が必要な点」を出さなかったら信じてよいですか。 いいえ。出さないことは、迷いが無かったことの証明にはなりません。項番と数値の照合は毎回行ってください。
マニュアル・手順書・院内文書の版管理まで含めて、書き物と検索の負荷をどこまで仕組みに渡せるかを検討する段階になりましたら、設計のご相談を承っています。
出典
- Anthropic — ハルシネーションを減らす(参照 2026-08-09)
- Anthropic — プロンプティングのベストプラクティス(参照 2026-08-09)