有名人に似せた顔や声を、客がその人だと識別できる形で宣伝に使うと、パブリシティ権の侵害に当たるおそれがあります。 パブリシティ権は、顔や名前などが持つ顧客吸引力(商品の販売を後押しする、客を引きつける力)を、本人が独占して使える権利です。AIで作ったかどうかは関係ありません。法務省が2026年8月に公表した報告書で、この考え方が示されました。1
この記事でわかること
- 有名人でなくても、地域や業界で知られた人の顔や声は守られることがあります
- 収益目的でない動画でも、同じ投稿で商品や予約へ誘導すれば、広告に当たり得ます
- 社員の顔や声を使うときの本人の同意と、音声合成ツールの規約は、パブリシティ権とは別に確かめます
この記事の目次(7節)
報告書は現行法の解釈指針
報告書は、現行法と判例を生成AIに当てはめて、解釈を示したものです。2 法務省は8月7日に公表しました。3
想定事例から結論は出せない
報告書の第2章には、俳優や声優の顔や声をAIで無断利用した想定事例が並びます。ただし、どれも事実関係を相当簡略化しており、そこから結論を出すのは困難だとされています。1 自社の広告が問題になるかどうかは、個別の事情に即して判断されます。
刑事罰ではなく民事責任
報告書が扱うのは民事上の責任で、侵害した側は、本人から逸失利益(本人が得られたはずの利益)などの損害の賠償を求められます。本人は差止め(使うのをやめさせること)も請求できます。報告書は、ウェブサイトからの削除などを例に挙げています。1 広告の刷り直しや投稿の削除には、費用と手間がかかります。
侵害かどうかを分ける3つの要素
侵害に当たるかどうかは、2012年2月2日の最高裁判決(ピンク・レディー事件)が示した基準で判断されます。 無断で使うことが違法になるのは、「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」です。「肖像等」は、顔や名前など、本人を識別する手がかりを指します。1
顧客吸引力はあるか
顧客吸引力は、有名であることが「必須の要素ではなく」、特定の分野や一部の地域の客に限った力でも認められます。1 地元で知られた料理人や、業界で名の通った講師の顔にも、顧客吸引力が認められることがあります。
本人だと識別できるか
問題になるのは、客が本人の肖像等だと識別できる場合です。報告書は、似ている程度だけでなく、本人を思い起こさせる情報も含めて判断するとしています。漫画やイラストにした顔でも、本人と識別できれば肖像等の使用に当たるという見解も紹介されています。1 本人の名前や決めぜりふを添えれば、本人を思い起こさせる情報に当たると考えられます。
その力を利用する目的か
判決は、顧客吸引力を利用する目的だといえる典型として、3つの類型を挙げました。1 店や会社の宣伝で当てはまりやすいのは、次の表の第3類型です。
| 類型 | 判決文 | 宣伝の場面での例(筆者の例) |
|---|---|---|
| 第1類型 | 肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用 | 有名人に似せたAI画像のポスターやステッカーを売る |
| 第2類型 | 商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し | 有名人そっくりの顔を商品のパッケージに刷る |
| 第3類型 | 肖像等を商品等の広告として使用 | 有名人に似せたAIの顔や声を、店の広告やSNSの宣伝に使う |
判決文の列は、報告書が引用した判決の言葉です。判決は3類型の後に「など」と添えています。1 右の列は筆者が考えた例です。3類型に当たらない使い方でも、侵害になる余地は残ります。
声も同じ基準で判断される
報告書は、人の声もパブリシティ権で守られる「肖像等」に含まれるとしています。 検討会では、この点に異論は出ませんでした。1 声が「肖像等」に含まれるなら、AIで作った声も、顔と同じ3つの要素で判断されることになります。
ナレーションとなりすまし広告
報告書は、第3類型の例に「広告等のナレーションへの利用」を挙げています。SNSの有名人なりすまし広告も、その人の声か、その人の声だと識別できる音声を使っていれば、第3類型に当たると解されています。1
例えば、ラーメン店が、有名な俳優に似せたAIの声で新メニューを紹介する動画を、店のSNSアカウントに投稿したとします。俳優の名前を出していなくても、動画を見た客がその俳優の声だと受け取れば、この例に近く、侵害とされるおそれがあります。
声紋の分析は決め手にならない
声紋の分析は判断材料の一つにはなりますが、「決定的な要素にまでなるわけではない」とされています。1 問われるのは、客がその人の声だと受け取るかどうかです。
物まねと声まねの扱い
物まねや声まねでは、まねる側が名前や芸名を明かし、芸として見せるのが通常です。そのため、パブリシティ権の侵害に当たらないと解されています。ただし、名前を明かさずに似た声を使い、客が本人と誤解する場合は、侵害になる余地があるとされています。1
収益目的でない動画でも、広告に当たり得る
商品や予約へ誘導する投稿
投稿で自社の商品やサービスを紹介したり、販売サイトへのURLを載せたりして、見る人を誘導する場合も、第3類型に当たり得ます。動画自体は興味本位で作ったものでも、同じ扱いです。1 店のアカウントで、有名人風のAI動画の下に予約のリンクを貼れば、この例に近くなります。
閲覧数を集めるための投稿
報告書は、閲覧数を集める目的の投稿で、本人に営業上の不利益を現に生じさせた場合も検討しています。この場合も、3類型に準ずるものとして侵害と評価し得ると考えられています。1 売り込みの文言がない話題づくりの動画でも、問題がないとは言い切れません。
有名でない人の顔や声
社員や一般の客のように有名でない人の顔や声は、主に「肖像等をみだりに利用されない権利」の問題になります。この権利の侵害を判断する際、本人が一般人かどうかや、使う側に収益目的があるかどうかは「決定的な要素ではない」とされます。ただし、「一定の参考」にはなるという扱いです。利用の目的や方法などを総合的に考慮し、社会生活のうえで我慢すべき限度(受忍限度)を超えるかどうかで判断されます。1
AIで加工した社員の顔や声を宣伝に使うなら、事前に本人の同意を得ておくのが安全です。
音声合成ツールの利用規約
報告書とは別に、音声や画像を作ったツールの利用規約も守る必要があります。条件は、ツールごと、声ごとに違います。
VOICEVOXの例
音声合成ツール「VOICEVOX」の規約では、商用・非商用を問わず使えるとされています。ただし、規約はVOICEVOXを使ったことが分かるクレジット表記を求めています。生成した音声を使うときは、音声ライブラリ(キャラクター)ごとの規約にも従う必要があります。4
規約と権利は別々に確かめる
ツールの規約が商用利用を認めていても、実在の人に似せた顔や声を作れば、その人の権利の問題は残ります。また、架空の声や顔でも、規約が求める表記を怠れば規約違反になります。AIを使うときの社内ルール全体は、AI事業者ガイドラインのAI利用者向けの7項目で点検できます。
公開前のチェックリスト
次の項目で確かめると、差し替える素材を洗い出せます。項目1と2は「顧客吸引力」と「識別」、項目3は「識別」、項目4は「利用する目的」の要素に対応します。
AIで作った顔や声の公開前チェック(広告・SNS用)
素材の名前:________ 掲載媒体:チラシ/店頭/SNS/動画/ウェブ広告
1. 特定の人の名前をプロンプト(AIへの指示文)に入れたり、写真を読み込ませたりして作ったか(あり/なし)
2. 見聞きした客が、地域や業界で知られた人を連想しそうか(あり/なし)
3. 本人を連想させる名前・決めぜりふ・衣装を添えたか(あり/なし)
4. 同じ投稿や紙面で、自社の商品・予約・販売サイトを案内するか(あり/なし)
5. 社員や客の顔や声を使う場合、本人の同意を得ていない人がいるか(あり/なし/該当なし)
6. ツールの規約が求めるクレジット表記が抜けているか(あり/なし/該当なし)
確認した日:____ 確認した人:____ 使用したツール:____
店の宣伝に使う素材では、項目4はほぼ「あり」になります。その場合は、項目1〜3と項目5・6がすべて「なし」か「該当なし」であることを確かめてから公開しましょう。
有名人を起用したいなら、本人か所属プロダクションから許諾を得る必要があります。得られなければ、架空の人物に差し替えましょう。
- 物件紹介のように業界の広告規制がある仕事は、不動産の物件紹介文をAIに書かせるときの宅建業法が参考になります
- 仕事の写真をAIに読み込ませる前の注意は、ChatGPT利用者の画像53件の流出の記事にあります
- AIの使い方全般の点検には、IPAが挙げる生成AIのセキュリティ対策が使えます
出典
- 法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書 ―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―」(令和8年8月)(参照 2026-09-27)
- 法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」(参照 2026-09-27)
- ITmedia AI+「「声の無断利用」が権利侵害に――法務省が見解を明示 「AIカバー」も対象」(2026年8月7日)(参照 2026-09-27)
- VOICEVOX ソフトウェア利用規約(参照 2026-09-27)

