要点

対象:AIで下書きや書類を作ることが増えた人

  1. コードは30%増、完成は増えたと言えず
  2. 取り込みまでの日数が49%延びた
  3. 速くなった分は確かめる作業に回る

AIで下書きを作るのは速くなったのに、仕事全体は楽になった気がしません。そんな感覚に近い結果が、ソフトウェアを作る会社の大きな調査に出ています。

この記事の目次(5節)
  1. 700社余りの調査で、書く量は増えても完成は増えなかった
  2. Oリング理論は、工程のどれか1つが弱いと全体の価値が下がると考える
  3. ここから先は想像です
  4. この未来が近づくなら、先に現れる兆し
  5. 自社で試せること

速くなった分は、どこで止まったのでしょうか。経済学の「Oリング理論」を手がかりに、AIで見積書や返信の下書きを作る仕事に当てはめて考えます。

700社余りの調査で、書く量は増えても完成は増えなかった

AIを入れた会社の前後を比べた調査

調べたのは、ハーバード大学の Fiona Chen さんと James Stratton さんです。エンジニアの作業の記録を集めて分析する会社のデータを使い、700社余りの約3億件の作業記録を見ています。期間は2021年1月から2026年3月までです。1

AIを入れた時期が会社ごとに違うことを利用して、入れた前後の変化を、まだ入れていない会社と比べました。1

AIには2種類あります。書きかけのコードの続きを提案する「補助」と、指示を受けて、長い作業のコードをある程度自分で書き進める「エージェント」です。1

補助では、書く量の増え方は小さく、確かめる時間の延びも目立ちませんでした。大きな変化が出たのはエージェントのほうです。以下はその結果です。1

数字で見ると、取り込みまでの日数が49%延びた

見積書や返信の下書きと同じく、コードも「書く」「別の人が確かめる」の順で仕上がります。そこで、コードの調査を例に見ていきます。

コードを本体に取り込むときは、書いた人とは別の人が中身を見て確かめます。この作業を「コードレビュー」と呼びます。取り込んでほしい変更は「プルリクエスト」という形で出します。1

見たものエージェントを入れたあとの変化
書いたコードの行数30%増
変更の提出(プルリクエスト)の数23%増
提出から取り込みまでの日数49%増(もとは平均7.03日)
修正をお願いされた提出の割合13%からほぼ2倍に
提出1件についたコメントの数35%増
完成した作業の数(本番に出て完了になった数)はっきりした変化なし
会社全体の従業員の数はっきりした変化なし
AIを入れたあとの変化 書いたコードの行数 変更の提出の数 取り込みまでの日数 完成した作業の数 30%増 23%増 49%増 はっきりした変化なし 書く量は増えたが、確かめる日数が延び、完成した作業の数は増えたと言えなかった 出典:Chen・Stratton(2026年8月4日版)のエージェント導入の結果をもとに作成
AIを入れた会社の前後の変化。書くコードの量は大きく増えたが、提出から取り込みまでの日数も増え、完成した作業の数にははっきりした変化がなかった。

完成した作業の数は、増えたとは言えませんでした。増えた可能性は残りますが、あっても、もとの数の12%以内と見られます。30%の増え方とは大きく開いています。1

速くなった分が成果に届きにくい話は、生成AIの効果が業績に表れにくい理由の記事でも考えました。

従業員の数も、AIの影響で減ったとは言えませんでした。会社全体の人数は、減っていたとしても2.9%以内と見られます。1

速くなった分は、人が確かめる時間に回ったとみられる

エンジニアがコードを書くのに使う時間は、仕事全体の3〜4割ほどでした。残りは、計画を立てる、書かれたものを確かめる、といった仕事です。1

書く時間だけ縮めても、確かめる仕事が増えれば、全体は速くなりにくいわけです。確かめる側に回る人の割合も、14%増えていました。1

AIに確かめさせる会社は増え、2026年3月までに、約8割の会社がAIによる確かめを使ったことがあります。それでも、確かめのコメントのうちAIが書いたのは23.3%で、AIのコメントがつく提出は10.8%にとどまります。1

調査には、ある若手の技術者の話も載っています。ある案件では、変更を承認できるのは上級の1人だけで、その人が見られるのは週に1回でした。1

AIが何倍も働いても、止まるのは人の確認待ちだった例は、Anthropic社内の記事にもあります。

この結果を読むときの注意

この研究は、学術誌に載った論文ではなく、2026年8月4日版の原稿です。データは2026年3月までで、ソフトウェアを作る仕事に限られます。1

報じたIT専門サイトのArs Technicaは、その後にAIが進歩していること、導入した会社が使い方を学んでいる途中であることも添えています。2

Oリング理論は、工程のどれか1つが弱いと全体の価値が下がると考える

1993年に発表された理論

米国の経済学者 Michael Kremer さんは1993年に、複数の工程のどれか1つでミスがあると、全体の価値が大きく損なわれる仕事を数式で表しました。3

この考え方を「Oリング理論」と呼びます。どの工程も欠かせないので、1つの工程だけを速く、うまくしても、全体は思ったほどよくなりません。3

会社の形を経済学で考えた例は、外注と内製の記事にあります。

仮に、書く・確かめる・直すの3つの工程の質が、どれも0.9だとします。全体の質は、かけ算で約0.73です。

書く工程だけを1.0に上げても、全体は約0.81です。

2026年のモデルが示したこと

2026年1月には、経済学者の Joshua Gans さんと Avi Goldfarb さんが、工程の質がかけ算で効く仕事にAIを入れたときのモデルを発表しました。4

注目したいのは、一部の工程だけをAIに任せたときの結果です。残った工程が全体の速さを決めます。

そのため、その工程を担う人の大切さが上がり、働く人の収入がむしろ増えることもある、と示しました。4

ただしこれは数式のモデルの話です。収入が実際に増えるかどうかは、確かめられていません。4

コードの調査は、この見方でどう読めるか

Chen さんと Stratton さんも、いちばん遅い工程が全体を決めるという考え方の1つとして、Kremer さんの理論を挙げています。1

2人のモデルでは、コードを書く工程と確かめる工程が補い合っています。AIは、書く速さを上げるだけでなく、直しが要る下書きの割合も変えます。1

下書きの量が増え、出来も変わると、確かめる側に仕事が集まります。この説明は、調査で見えた数字と合っていますが、確かめる工程だけが原因だと証明したわけではありません。1

ここから先は想像です

AIで下書きを作る仕事は、コードだけではありません。見積書、お知らせ、契約書の案、お客さまへの返信。どれも、書く速さはAIで上がり、そのあとに「誰かが読んで確かめる」工程が残ります。

そうなると、職場の速さを決めるのは、書く人の数ではなく、確かめる人の手の空き具合になるかもしれません。確かめる役が1人に集まる職場ほど、書類が確認待ちで積み上がりそうです。

「確かめる目のある人」が重んじられる職場

いちばん遅い工程の大切さが上がるなら、「書ける人」より「確かめる目のある人」が重んじられる職場が増えるかもしれません。何がおかしいかに気づく力は、書く力とは別に育てる必要が出てきそうです。

ただ、確かめる力は、書く経験のなかで育つ、という見方もあります。AIがほとんど書くようになると、確かめる目を持つ人が育ちにくくなる、という逆の心配もあります。

確かめやすい下書きを出せるAI

AIが下書きと一緒に、変えた所・根拠にした資料・見てほしい所を添えて出すのが、当たり前になる日も来そうです。確かめる側の負担が下がり、同じ人数でたくさんの書類を見られます。

そのとき選ばれるのは、書く量が多いAIより、確かめやすい下書きを出すAIや人かもしれません。

AIにAIの下書きを確かめさせる道もあります。ただ、調査では確かめるコメントの大半が人によるものでした。AIが確かめを担える範囲は、少しずつ広がっていきそうです。

この未来が近づくなら、先に現れる兆し

確かめる工程が詰まりの中心になっていくなら、次のことが先に見えてくるはずです。

  • 求人や社内の役割に、書く人より「確認・承認の担当」を増やす会社が出てくる
  • AIの下書きに、変更点や根拠、見てほしい所を添える機能が標準になっていく
  • 承認が済むまでの待ち日数を、月ごとに数えて報告する会社が出てくる
  • 「AIが作った書類は、誰がいつまでに確認するか」を決めた社内ルールの例が増える

自社で試せること

先週AIで作った書類(見積書・お知らせ・返信など)を3つ選び、AIが作った時間と、人が確かめて直した時間を、ざっくりメモしてみてください。

確かめる人が1人に集まっているときは、AIに「確かめてほしい所を3つ書き添えて」と頼んでから渡してみてください。確かめる人が最初に見る場所が分かり、待ち時間が短くなるかもしれません。

AIで書く仕事が増えたら、書いた数より、確認が済んだ数を数えるほうが、仕事の進み具合に近いかもしれません。

出典

  1. Fiona Chen・James Stratton「Artificial Intelligence in the Firm: Bottlenecks in Software Production」(ハーバード大学のワーキングペーパー、2026年8月4日版)(参照 2026-10-20)
  2. Kyle Orland「AI coding agents generate more code, but not more software」(Ars Technica、2026年10月9日)(参照 2026-10-20)
  3. Michael Kremer「The O-Ring Theory of Economic Development」(Quarterly Journal of Economics 108(3)、1993)(参照 2026-10-20)
  4. Joshua S. Gans・Avi Goldfarb「O-Ring Automation」(NBER Working Paper 34639、2026年1月)(参照 2026-10-20)